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第10話 帰 郷 |
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かつて栄華を極めた独立小国家ローガーナの王女が、何も気にせず飲み食いできる店は、自由の惑星・地球でも限られていた。大抵の店では遠巻きに、直接的に、興味津々な視線が注がれ、時には声まで掛けられる。それがどれだけ、この若き元王女を傷つけるか考えもせずに、無遠慮に。 勤めている報道局と自宅の中間にあるこの店は、カーラがどんなに元王女の美貌やら品格やら、はたまたただのワーキングガールのお疲れモードやらの諸々を曝け出そうと、誰も何も言わずにいてくれる数少ない店の一つだった。探し出したのはもちろんロイだ。 「おかわり」 カーラはカウンターにどんとグラスを置いた。 「もう止めておけ。飲み過ぎだ」 ローガーナの言葉で言いながらグラスをそっと取り上げると、今度は共通語で 「マスター、オレンジジュース」 と、ロイは注文した。 文句を言う気も起こらないカーラは、そのままカウンターに突っ伏した。 アレンのせいだった。帰還予定を大幅に過ぎているのに、まだ帰って来ない。旅の途中で用事が出来たとゴセたちは言っていた。アレンが護衛契約している人からの依頼だとか。レースには間に合うから心配要らないとジョーは言ってたけど、でも、こんなに遅いなんて。連絡はこまめに入っているらしいから心配はしていないけれど、早くアレンに会いたい。顔を見たい。お帰りなさいと言って、ただ今と返して欲しい。あの笑顔で。 ロイの携帯が彼のポケットの中で振動した。電話を取り出し相手を見る。 「ゴセだ」 ロイの呟きにカーラは反応して顔を上げた。アレンから連絡が入ったのでは? 帰還時刻がはっきりしたのかも! ロイの言葉に耳をそばだてた。 「そうか、アレン、帰って来たか」 やっぱり!カーラの心臓は跳ね上がった。 「で、ジョーにはもう……そうか、あいつらもこれで一安心だな」 バイクのプラグを持ったアレンの帰りを、今か今かと待っているジョー達には、もう連絡は行ったようだ。で、何時に着陸なの? とはやる気持ちを一生懸命抑えながらロイを見ていると、 「…あ? 何だよ気持ち悪いな、はっきり言えよ。何を連れて来たって?」 と、ロイは怪訝そうな口調で返事をしている。何の話だろうと思った瞬間、カーラの携帯電話がカウンターテーブルの上で振動した。がばっと手にすると、相手はディミーだった。 「ハイ、ディミー」 「カーラ! いい知らせよ! アレンが帰って来たって!」 「そうみたいね、今、ロイにゴセから同じ連絡が来てるわ」 「え、兄貴から? そか、カーラ、ロイと一緒なのね」 そうだった、とディミーは思う。ロイって本当にいつもカーラのそばにいるよね。 「で、無事なのね?」 カーラは一番気にしている事を訊ねた。 「無事も無事、ぴんぴんしてるって」 カーラは心底安堵した。もうこれで今までの心配した日々は帳消しにしてあげてもいいと思った。 「着陸予定は夜中の3時なんだって。出迎えは当直の兄貴がしとくから皆はいいって」 なら、家の前で待っていようとカーラは思った。もしかしたら家の中にいれてくれるかもしれない…。 「でね、明日の夜、集まろうって、カサリナで。カーラ来れる?」 「大丈夫よ。遠方ロケは入ってないから。19時頃?」 「そう、いつも通り。でもいつも通りじゃない事があるのよ。アレンのお土産」 出立前のアレンを一人で見送った時の光景が、カーラの脳裏に浮かんだ。アレンの無事な帰還をリクエストした。本当は…本当は“アレン”が欲しかったのだが。 「お土産?」 「か・の・じょ・よ、彼女!」 「誰?」 「もう、カーラったら! 彼女って言ったら、恋人でしょ恋人。アレンね、恋人連れて帰って来たんだって!」 ディミーの言葉を理解した瞬間、全身の血がザン!と音を立てて足元へ落ちた。アレンに恋人…!? 「しかもそれがただの女じゃないの、あのアルテミスだって! ねぇ、本当にアレンたら、海賊アルテミスの事、彼女にしちゃったのよ、もうびっくりよね!」 カーラは言葉が出なかった。確かに…確かにアレンの壮行会をした時に、そんな話題が出ていた。でも、まさか、そんな。現実になるなんて…! ゴセとの電話が終わったロイは、携帯を握り締めて絶句しているカーラを目の端でそっと見守った。 「ただね、ちょっと訳ありらしいんだ」 カーラにとっては地獄のような華やかなムードに、一点の翳りが差して、掠れ声ではあるけれど、何とか絞り出せて返事が出来た。 「…なに……?」 「彼女ね、記憶喪失なんだって」 「え…?」 「自分が2億ドルの海賊だって事も、覚えてなかったんだって。今はもう知ってるらしいんだけどね。なんかね、アレンが捜し出して助けてね、気が付いた時には、もう記憶真っ白だったんだって」 アレンに出来た用事とは、海賊アルテミスを捜す事だったのか…! カーラの胸にカッと怒りが吹き上げた。そんなために、何日も私はイライラさせられて…。許せない…! でもここでカーラはふと気付く。 「ねえ、それは、恋人とかじゃなくて、記憶がなくてどうしようもないから、アレンが面倒見てるんじゃないの?」 胸がざわめく。 (どうか肯定して、ディミー) しかし、ディミーの返事は無情だった。 「ううん、兄貴がね、アレンからはっきり聞いたって、俺の彼女って」 一度でも期待してしまった後の落胆は底知れない。携帯電話を握り締めるカーラの手は血の気が引いて冷たかった。 「記憶がなくても愛は育つって事かしらね! きゃー、ロマンチック!」 カーラの返事が返って来ない事に気付きもしないで、ディミーははしゃぎまくっている。いや、カーラ以外の誰もがディミーのような反応だったに違いない。ちっとも浮いた話の出ないあのアレンが、奇跡を越えて初恋の相手をゲットしたのだ。最高にめでたい話題だ。 「そういうわけだからさ、明日カサリナで海賊アルテミスがいてもびっくりしないでね。ねえ、デレデレなアレン、楽しみよね〜! じゃあね」 電話が切れても、カーラはしばらくそのままだった。ロイはマスターにジンを一つ注文すると、カーラの前にとんと置いた。 「これで最後だぞ」 誘導等の点滅する広大なエアポートに、星の光を隠しながら巨大な黒い陰が降下して来る。その姿を確認しながらゴセはマイクに向かって指示を出した。 「そのまま艦首を2時の方向へ回せ」 「了解。艦首、2時の方向へ」 管制室のスクリーンに映っているアレンが応えた。 ブレイブアローのブリッジでは、アルテミスがガラスにへばりついて、真下に迫る真っ暗な大地を見ていた。艦長席からアレンは声をかけた。 「アリー、もうすぐ着陸するから、念のため座って」 大気圏突入が無事に済んだ時点で、彼女はさっさとセーフティベルトを外して立ち上がり、ガラスにへばりついていたのだった。アレンに言われて、渋々近くのシートに腰を下ろした。 アレンはブレイブアローの他にリンディアーナの大気圏突入を遂行した。 木星の衛星カリストへ帰り着いたアルテミスは、共通語をなんとか話せる程の能力は取り戻していたが、相変わらず記憶の方はさっぱりだった。リンディアーナを動かす事は到底無理だと諦めながら、アレンはアルテミスにリンディアーナを見せに行った。何か思い出さないだろうかと淡い期待を抱いて。しかし、リンディアーナの下に立った彼女は何も思い出せなかった。 ところが、アレンの期待に応えられずに申し訳なさで一杯のアルテミスが、溜息を付きながらうなだれてハッチのロックに触れた瞬間、ボタンが点滅して重く沈黙していたハッチが開いたのだった。どうやらアルテミスの生体反応でロックが解除されるようにもなっていたらしい。目をぱちくりさせているアルテミスに祝杯代わりのキスをすると、アレンは彼女の肩を抱いてタラップに足をかけた。 この中で、彼女はどんな思いで航海して来たのだろう…。 どうしてもそんな事を考えてしまいながら、アレンはブリッジへと進んだ。何度か迷いながらも辿り着くと、アレンは艦長席に彼女を座らせた。 …いつもどうやってコミュニケーションを取っていたのだろう。ACSのコンピューターなのだから、俺と同じなんじゃなかろうか。 アレンはアルテミスに、この船のマザーコンピュータに問いかけるよう促した。コンピュータの愛称が分からないが、とりあえず主の肉声なら応えてくれるだろう。 「……リンディアーナ…」 アルテミスは船の名前を呼びかけてみた。船の名前をコンピュータに話しかけるなんて初めての事(記憶を失くしてからは)で緊張したが、すぐに、 ――お帰りさなさい、アリー。 と、スピーカーから返事が返って来た。コンタクト成功に歓喜したアレンは、コンピュータが喋った言葉が流暢なムーンベース語だった事にすぐに気付き驚いた。でも、考えて見れば自分も母国語をメインコンピュータにプログラムしていた口だった。同じ事してたんだ…と思うと、アレンは嬉しくてくすぐったかった。 ――フルネームで呼ばれるなんて久しぶり。6年と247日ぶりよ。 コンピュータは可笑しそうに言った。すごい表現力だ、とアレンは密かに感心していた。 「実は、私、記憶を失ってしまって、あなたをどうやって呼んでいたのか覚えていないの。ごめんなさい」 正直に告白したアルテミスに、しばらくコンピュータからの返事はなかった。試されているのだろうか、本物かどうか…。アルテミスはヒヤヒヤした。自分がこの船の主であると、自分自身確証が何もなかった。しかし、コンピュータは返事をして来た。 ――私の事はリンと呼んでいたわ、アリー。脳を調べましょう。他にも損傷しているところがないか診せて。 アルテミスはアレンを見た。アレンは頷いた。本物のアルテミスをマザーコンピュータが取って喰う事はないだろう。 リンの診断結果はレッブの出していた結果とそっくり同じだった。脳の外的損傷は皆無で、原因は特定できなかった。身体的にも怪我などはなかった。 ――ゆっくりするのが一番のお薬みたい。 リンは慰めるように主に告げた。アレンは心が少しだけ、ほんの少しだけ軽くなった。 (アルテミスはこんな優しいコンピュータと一緒だったんだな) アルテミスは、自分はリンディアーナを一人で動かす事は出来ないので、ブレイブアローに乗り込む事と、地球へ向かう事、そしてリンディアーナはブレイブアローに付いて来て欲しいと話した。そして、改めてアレンを紹介した。 リンはアレンとレッブを覚えていた。コロニー・エジカマで、初めて交信した事を覚えていると話した。 アレンはアルテミスの事は責任を持って預かるとリンに約束した。 ――では、宜しくお願い致します。もし、アリーに何かあったら、後ろから総攻撃をかけますので、お忘れなくね。ところでアレン、どんぐりは芽吹いたのかしら? 「え…? あぁ、芽吹いたよ。ちゃんと。若木になってるよ」 ――それは良かったわ。ね、アリー。 マザーコンピュータからどんぐりの話題を振られて、アレンは心底驚いた。そして、アルテミスが、俺にどんぐりを譲った話を、この心優しきコンピュータとしていたという事だ…と気付いて、嬉しさのあまり顔がにやけるのを必死で抑えた。 アルテミスは、世間と、今の自分が知り得ないアルテミスの真実を、一番良く知っているのは、このリンなのではないかと思い立った。 「リン。私が記憶喪失になった原因に思い当たることはない…?」 アレンはどきりとした。しかし、リンは、 ――私にもわからないわ…。力になれなくてごめんなさい、アリー。 とだけ言った。 (リンがまったく知らないはずはない) アレンはそう思った。言わないという事は、今は知らない方が良いとリンは判断したのだろう。 リンにレッブからの通信を常に受信するよう頼むと、落胆しているアルテミスを促して、アレンはブレイブアローへと引き上げたのだった。 こうして二隻はカリストを飛び立った。 リンは微塵の狂いもなく、ブレイブアローの後をぴたりと付いて、地球へ向かって太陽系を航行して来た。 数回のワープも、地球の軌道への突入も、大気圏突入も、レッブの指示に忠実に、そして完璧にこなしてくれた。 ブレイブアローの横に、リンディアーナは静かに降り立った。 「リン、お疲れ」 心底ほっとしたアレンは、感謝も込めて労いの言葉を送った。 ――長い期間の誘導、ありがとうアレン。レッブ。 「じゃぁ、しばらくここでゆっくりしててね」 アルテミスがそう言うと、一瞬の沈黙の後に ――アリーもゆっくりしてね。 と優しい口調で一言いい、それきり黙ってしまった。 暗いエアポートを、ヘッドライトを光らせてこちらへ向かってくる車が見えた。ゴセだ。 「さ、行こう」 アレンはアルテミスを連れて、ブリッジを出た。 ブレイブアローのハッチが大きく開いて、滑り出して来たタラップを、大きなワゴン車が降りて来た。下で待っていた車の側まで来て、ワゴン車は停まり、中からアレンが出て来た。 「ゴセ!」 アレンは、すでに車の外に立っていたゴセに走り寄った。 「お帰りアレン! この野郎、心配かけやがって!」 「悪かったよ、悪かった、もう1万回謝ったろ?」 「無事ならいいさ!」 お互いの肩やら腕やらをバンバンと叩きながら再会を喜んだ。控えめに車のドアを閉める音がした。アレンは我に返り、照れ臭そうに笑うと、アルテミスに向かって 「おいで」 と、手招きした。 おずおずと暗闇の中から現れたアルテミスは、緊張のせいか硬い表情でアレンの横に立った。 ゴセは、数ヶ月前に会った海賊アルテミスを思い浮かべ、漂う雰囲気の違いに驚いた。風にたなびいていた長い髪が、ばっさりと無くなっているだけではない、表現の仕様がない変化が確かにあった。 「ようこそ、地球へ。あのね、以前、お会いしてるんだよ、一度だけど。こいつと一緒にいてね、コロニー・コーナで」 「はい、聞いています」 アルテミスは、今だ、たどたどしくなりがちな共通語で一生懸命答えた。 「ゴセ・カーナル。よろしく」 差し出された手を遠慮がちにそっと握って、アルテミスも応えた。 「よろしく、カーナルさん」 「ゴセで結構。俺たちもアルテミスって呼ぶよ。OK?」 気さくなゴセの言葉にアルテミスの緊張は緩んだ。 「はい…っ」 嬉しくて思わず笑みがこぼれた。 ゴセはその笑顔に釘付けになった。海賊アルテミスの笑顔とは。 「おい、いつまで握ってんだよ」 アレンの声に我に返った。手を握られたままのアルテミスがくすくすと笑っている。 「え、あぁ、握手だよ、握手。ねぇ?」 思わずゴセはアルテミスに同意を求めた。 「はい」 三人の笑い声が、真夜中のエアポートに響いた。 ワゴン車がアレンの自宅へ到着した頃には、すでに東の空が白んで来ていた。晩夏とはいえ、快晴の日の夜明けは早い。ガレージへと車を入れると、玄関へ行かずに、アレンはアルテミスを庭へと導いた。 「これだよ。樫の木」 小さな若木が凛と立っていた。 「ちゃんと育ってるだろ?」 「うん…」 とうとうアルテミスに若木を見せる事ができて、アレンは大満足だった。 アルテミスの方は、どんぐりを譲った記憶もないのでぴんと来なかったが、アレンがとても嬉しそうだったので、それが嬉しくて満足だった。 隣でにこにことしているアルテミスを見て、彼女が自分の家に居る事の幸福感に、改めて酔いしれたアレンは、彼女を抱き寄せてその存在を実感した。 「愛してるよ」 そっと囁く。アレンの腕の中で、アルテミスはこくりと頷いて 「私も…」 と囁いた。アレンはたまらなくなって、彼女の頬に手を添えて上を向かせるとキスをした。キスをしながら彼女の背を抱いていると、幸福感は膨れ上がり、どうにかなりそうだった。 寝室のベッドの上で、アルテミスは日の出を見た。瞼を照らされて、その眩しさに目覚め、アレンの胸の上から起き上がると、カーテンの開いた窓を見た。遥か彼方の地平線に、直視できない程に眩しい光の球が登っていた。 (なんて景色なんだろう…!) アルテミスは思わず見とれてしまった。 アルテミスが自分の胸の上にいない事に気付いたアレンが目を覚ました。裸のままの上半身を起こして窓を見つめている彼女に 「寒くないの?」 とアレンは声をかけた。 「大丈夫」 アレンに返事をして、また窓を見た。彼女の顔を生まれたての太陽が照らして行く。アレンはそれを見上げながら、 「多分、大気の空に登る太陽を見るのは、初めてだよ。地球に降りた事はないって言ってたから。ムーンベースからじゃ、大気の空はなかったし」 と話した。 「そうなんだ」 笑みを浮かべながら眩しそうにアルテミスが答えた。 その美しさと言ったら……。アレンは手を伸ばして彼女を引き寄せずにはいられなかった。 同じ太陽をマンションの出窓に座って、カーラはじっと見ていた。膝を抱えて。 そして、その隣の部屋では、ロイがベッドの中で一睡も出来ずに明け行く空の気配をカーテン越しに感じていた。 電話の着信音が静かに響いた。アレンはベッドの中から腕を伸ばして、サイドボードに置いてあった携帯電話を取った。相手の名前を確認する事はできなかった。瞼が開かない。でも察しは付いた。 「もしもし…」 搾り出した声もまだ寝ている。 「お! 何だよアレン、死んでるような声出しやがって、生きてんだろうな!」 予想は的中、ジョーだった。覚醒していない鼓膜にジョーの声が突き刺さる。 「死んでたら声出せねぇよ……」 「なら連絡の一つも入れろっつーの」 「入れたよ…帰ったの夜明けだったからさ…起こしちゃ悪いと思って、メールしといたんだけど…」 「マジで?」 帰宅して眠りに付く前に、アレンはジョーへ連絡していた。無事に帰宅した事と、プラグを届けに開店時間に店に行く事を、就寝中であろうジョーを起こさないよう、メールの方へ入れておいたのだった。 電話口でジョーは慌てて確認して、 「あ! 悪ぃ、貰ってた! や、ほんとごめん!」 ジョーにしてみれば、待ちに待ったプラグだ。気持ちが逸るのは当然だった。 「じゃ、オレ、無駄な電話して起こしちゃったな。彼女は?」 「あぁ、大丈夫、寝てる」 「挨拶すっから起こせって」 「だめだよ、まだちょっとしか寝てないんだから」 アレンの慌てる様子に、ジョーは噴出しそうになった。 (なんて幸せそうなんだ、こいつ!) ワッチの店へ旅立ったアレンから、アルテミスを捜したいから時間をくれと言われた時は、正直ジョーも迷った。もし、間に合わなかったら…? グランレースは一年に一度きりの祭りだ。また来年までお預けになってしまう。ファンはもちろんだが、チームジョーのメンバーもがっかりするだろう。 しかし、アレンの立っての頼みだった。初めてアレンが夢中になった女。その女が行方不明。捜しに行きたいに決まってる。 ジョーは親友の初恋を取った。ギリギリまで捜して構わないと返事をした。もし、間に合わなかったら、今年は諦めよう、我慢しよう、仲間には謝ろう、と覚悟したのだった。 そして、エントリー締め切りまでギリギリだが、アレンは帰還してくれた。プラグも女も持ち帰って! (プラグはともかく、女を捜し出して、ちゃっかり自分のモンにしちまうなんて、アレンにしちゃ上出来だぜ) ジョーは嬉しくて堪らなかった。アレンを信じた自分と、信頼に応えてくれたアレン。エントリーにも間に合う。最高の気分だった。 「おまえが寝かせてやらなかったからだろうが。も〜エッチなんだから、アレンたら〜」 思わずからかう。この手の会話がアレンと出来る日が来ようとは。 「声でかいって、起きちゃうだろ…!」 アレンの慌てぶりが可愛くて嬉しくて、ジョーは声に出して笑った。 「んじゃ、店で待ってるからな」 「10時な」 「まだ時間があるからって、いちゃいちゃ始めるんじゃねーぞ!」 「しないって!」 「でも、本当、良かったな、アレン。じゃな」 一瞬だけ本気で言うと、ジョーは電話を切った。 ジョーのおかげだよ…と、静まった携帯電話を見ながらアレンは呟いた。 10時までにはまだ充分過ぎるほど時間があった。アルテミスも目覚めるだろう。そうしたら彼女も連れて行こう。ジョーに紹介しなくちゃな。 親友に恋人を紹介する。 想像するだけで、アレンは幸福感に包まれた。 腕の中で静かな寝息を立てているアルテミスを見つめていると、どうしても抱き寄せてしまいたくなる。だが、彼女の眠りを妨げてはいけないと思い直し、体勢を戻した。そして顔だけ横を向くと、ただじっと彼女の寝顔を見つめた。それだけで充分アレンは幸せだった。 |
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第10話 帰 郷 END |
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