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Extra Story ラス・ポウナ |
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N 冬の夕暮れは足早に空を染めて行く。 その橙色の空に吸い込まれるように鐘の音はカーンカーンと鳴り響いた。 鐘の音に紛れて初めて彼女を花の名で呼んだ。呼ぶたびにリリは僅かに可愛く頷いていた。ジョーに強く抱きしめられていたので顔すらほんの少ししか動かせなかったが、それでも応えた。 まさかの“リリも自分を好きでいてくれた”という展開。あまりの幸福感にジョーの頭はガンガンし、鐘の音が鳴り終わった事など気付かず、やっと手に入れた存在を味わい続けた。 「あっ!」 ばらばらと勢いよく小さな足音を響かせて飛び込んで来た男の子達が、膝立の姿勢で抱き合っている大人を見つけて驚いた。 リリも驚いたが、しかしジョーに至っては幸福感の方が何倍も大きいので動じない。リリを支えながら立ち上がった。リリは涙でてらてら濡れている頬を慌てて拭った。 その様子を見た子供がひそひそと話し出す。 「泣いてんじゃない?」 「苛めてたのかな」 「でも、ぎゅーしてたじゃん」 「技かけてたんだよ」 「うわ、男が女に技?」 子供は走る時も想像する時も全力なのだ。ジョーは吹き出しそうになりながら声を掛けた。 「おい、ボーズ!」 「はい?」 返事をしたのはリリだ。 「あ? え、おまえじゃない、あいつらだよ」 「あ、そっか」 やだ、と照れ笑いするリリの可愛い事。 「……おまえはリリだろ」 つい頬に手を伸ばして触れ、更に目線を外せないまま言う。真っ赤になるリリは増々可愛い。 「わー! ラブラブじゃん」 「ラブラブだ」 「好き同士だ」 途端に子供達も笑顔で騒ぎ出す。 「いーだろー!?」 ジョーはリリの肩を抱いて、子供たちに自慢した。でも泣いてたじゃんと言われたリリは、 「だって嬉し過ぎたから涙が出ちゃったの」 と返しながら、ジョーに抱き着く仕草をした。 「えー、今好き同士になったの?」 「結婚するの?」 ワイワイと囃し立てながら近づいて来る。すっかり囲まれた時、 「では、祝福して差し上げようじゃないか」 と言いながら白い顎髭の男性が入って来た。子供達は彼を先生と呼んで、オルガンのある壁際へ並んだ。 「あなた達に神様の祝福が続くよう、子供たちがお祈りしますからね」 先生と呼ばれた男性は、そうジョー達へ言うとオルガンの前に座った。 行儀よく整列している子供達は、練習に集まったこの教会の聖歌隊のメンバーだろうか。突然の本番にニヤニヤしたり緊張したりしていたが、柔らかな音がオルガンから溢れ出すと、すうっと歌い出した。 それはこの世の物とは思えない、不純物の一切無い清らかな真の音色で、耳から入って躰の隅々まで清めてくれるようだった。 子供達はふざけることなく真剣に祝福を祈ってくれた。その姿はまるで天使だ。 こんなに素晴らしいスタートが切れるなんて、神様のお墨付きを貰ったも同然だとジョーは思った。そして数年ぶりに神の慈悲を素直に感じる自分に驚いたが、これもリリ効果なのだと納得した。 実際、神の慈悲を感じる自分は苦痛ではなく、むしろほっとした気分だ。怒らせていた肩を下ろしてもいいような。楽になった。 ―――リリは道標だ。生き易い方向へ導いてくれる。進むべき先を照らしてくれる大切な光だ。 隣でリリは嬉しそうににこにこと、しかしうっすら涙ぐみながら子供達を見ている。ジョーの視線に気付くと目を細めて照れ笑いした。ジョーはリリの手をしっかり握って、降り注ぐ祝福の歌をありがたく存分に浴びた。 約束の祝勝会は、どこかの店ではなく部屋でしようとリリが提案したので、一度マンションへ戻ってバイクを置き、徒歩で買い出しに出かけた。 陽が落ちて始まったばかりの夜の街を、ジョーはリリと手を繋いで歩いた。 変装を一切していないので、ジョーだと気付かれ振り返られ、更にはジョーが手を繋いで親しげに一人の女性と歩いているので悲鳴が上がったりもした。 これで「海賊ジョーには彼女がいる」と噂が広まって行くだろうが、もう何の問題も無い。リリの事は両手を広げて堂々と恋人として守れる。もう遠慮はいらないのだ。最高の気分だ。 マーケットに入るとカート押し係りのジョーはリリの横をぴったりくっついて歩いた。 食材を揃えると、次は酒屋で甘口のワインを1本だけ買った。自宅なので何の心配もなく祝杯をあげられるが、1本を二人で飲みたい気分だったのだ。 最後に花屋へ寄って、リリの花のバケツからジョー自ら選び抜いた数本を束ねて花束にし、リリに贈った。 部屋に戻ると、リリはさっそく調理に取りかかった。先週末に初披露するはずだったメニューだ。 この部屋のキッチンにリリがいる。失わずに済んだ風景に、どうしても顔がにやけてしまう。 (あーやばい、でもすっげー幸せ)と思いながら、花束を花瓶代わりのコップへ挿していると、メッカからメールが届いた。 (メッカ師匠だぜ!) ジョーはすっかりメッカを尊敬していた。あの究極の場面を乗り越えられたのはメッカのアドバイスのお蔭だ。 メッカは「もしかして取り込み中だったりしたら邪魔してはいけない」と思い、電話ではなくわざわざメールを送って来たのだが、読んだジョーは理解するのに少々時間を要した。 やがて、花瓶をカウンターに乗せがてら、キッチンの中へ声を掛けた。 「なあ、オレ、明日休みになった」 「え?」 ジョーは携帯電話のボイスメールをスピーカーから再生した。何かに遠慮しているような声色のメッカが喋り出した。 「明日さ、ニックとケンがモーターショーに行きたいって言い出してよ、まあ特別に急ぎの仕事もないし、いいって言っちまったぜ。で、じゃあ俺は日曜日の代休貰う事にして、ジョーも代休したらいいんじゃないか? と、思ったので……店には臨時休業の張り紙しておきました! じゃ!」 最後の“言い逃げ”のような言い方に、リリは噴き出した。 しかしメールはまだ続いた。 「あー、追伸。ええと、もしジョーが呑みに行きたい気分なら、付き合うからな。連絡くれよ!」 何も知らないリリは、あら…と黙った。 ジョーはふーっと一息吐くと、メッカにボイスメールを返信した。 「お疲れ。全部OK。……オレもOK、サンキュー。じゃ明後日な」 さらりと終わりにした返事にリリはおずおずと言った。 「メッカさん、ジョーと呑みたいんじゃないの?」 「いや、違う。なんつーか、その……。すごいミステリーなんだけど、あいつら知ってんだよ、多分」 「…何を?」 料理が弱火で煮込むだけとなったリリはキッチンから出て来た。 「オレがおまえを好きだってことだよ。おっかしーんだよなぁ、一言も言ってないのによ」 ジョーは本気で不思議に思っていた。 そんなジョーをじっと見ながらリリが言った。 「もう一回、言って…」 「え?」 「“オレが、おまえを”?」 “好き”という言葉を聞きたいらしい。ジョーは自分でも分るほど赤くなった。 「ねえ、言って」 「散々言ったじゃんか、教会で」 嘘だ。好きという言葉は使っていない。 「ううん、言われてない」 「おまえだって言ってないだろ」 「え、……あ…」 素直なリリの反応をジョーは見逃さない。 「あーあ、オレ本当はどうでもいいヤツだったのかな」 「好きだよっ」 しかしリリは潔く言ってのけた。真剣な表情だ。 「ジョーが好き。………ジョーは?」 案外男の方が往生際が悪いのかもしれない。リリのようにはスパッとは行かなかった。 「そりゃ、もちろん……す、好きだよ」 なんとか言うと、目の前のリリはますます真っ赤になった。 「うん……、ふふ」 はにかみながら嬉しそうに笑う彼女は、超ド級の破壊力でジョーの自尊心や羞恥心を粉砕した。 リリの頬に手を伸ばした。自分を見上げる彼女の瞳を見つめながら、ゆっくりと顔を下ろして口づけた。 愛おしさのままにする初めてのキス。正気を戻すためにとか、デジャブを払拭するためにではなく、ただ純粋に口づけたくてするキス。 そして、しても良いキスだ。 小さな唇はそっと触れて来た唇を受け止めた。 重ねた唇がほんの少し動いただけのキスだったが、頭が痺れてぼうっとなってしまったリリは、唇が離れるとジョーの胸に顔を埋めた。 「明日はおまえも休みだし、のんびりできるって事だな」 もともと今夜は寮に帰すつもり等なかったが、明日の朝リリを残して自分だけ仕事に行く事を考えると残念に思っていたのだ。 「『明日、私も休み』って今言おうと思ってたんだけど、どうして知ってるの?」 リリはジョーを見上げて訊いた。 ジョーは固まった。うっかりしたと気づいたが、後の祭りだ。 「……ミネルバから、訊いた。今日、電話がかかって来て」 「ミネルバさんから…?」 ジョーは覚悟した。正直だ。正直が一番。でも慎重に。 「昨夜オレが電話したんだ、でもミネルバは電話に出られる状態じゃなくて、で、今日になって、昨日の電話の用件は何だったのかってパーズンにかかって来て、その時に明日は休みにしたってきいた」 「昨夜…電話したの?」 リリが動揺しているのが分る。 「だって、おまえがあんなに泣いてたなんて、さ…」 彼女を傷付けないように必死に言葉を選んだが、敢え無く詰まってしまった。 (こっそり電話していたなんて引かれちまうかも…) ところがそんな心配を余所に、リリはジョーの胸にまた顔を埋めた。 「違うの、あんなバカみたいに泣いてたのはね…、ジョーと会えなくなっちゃったから…。すごく楽しみにしてたのに、会えなくなって、しかも会議なんて嘘で悔しくって、悲しくって、それでなの」 まさかの理由に、ジョーの鼓動は全力疾走に近い。寄り添っているリリに聞こえてしまいそうだ。 「ごめんなさい、そんなに心配かけて…。家政婦もおしまいって言われちゃって、もうジョーに会えなくなっちゃう、どうしようって考えたら、余計に……」 ジョーは腕の中のリリを強く強く抱きしめた。幸福感最高潮だ。 いつもの自分ならここで気の利いた愛の言葉の一つや二つがするりと口から出せるのだが、頭の中に浮かんだ言葉達はどれも唇まで降りて来ない。 思うように動かない唇を、ジョーはもう一度リリに重ねた。そのキスさえも…本当に唇が触れ合っているだけのおとなしいモノで、およそ今までの自分とは別人のような行動にジョーは戸惑った。 とにかく腕の中にいる彼女はあまりに小さくて華奢で、ちょっとでも手荒くしたら壊れてしまいそうだ。それが怖くて、爆発しそうになる愛おしさを必死に抑え込んでいるのが半分。 もう半分は、何しろ本気の恋なので、お遊び用の決まり台詞などそもそも使えるわけがないのだ。 遊びの部分を取っ払った素のジョーは、とんでもなく晩熟な青年だったのだ。 「家政婦じゃないけど、朝のコーヒーは頼むな」 触れ合ったままの唇にそう言われて、リリはジョーを見上げた。 「朝?」 「と、晩飯の後」 晩はともかく、朝のコーヒーを出すという事は…… 「泊まれって事…?」 「……いや、ここに住むって事………」 うんともすんとも言わないままリリは俯いてしまった。 急ぎ過ぎたのだろうか…と後悔の念が湧いたが、しかしここで手放すわけにはいかない。 「ちょっと病院には遠くなっちまうけど毎朝送るし、時間が合えば迎えにも行くし、オレだって飯とか作ったり、他の事も手伝ったりするから、疲れてたら何もしなくていいから、だからさ、だから……」 慣れないお願いバージョンはあっという間に出尽くした。哀れなジョーは切り札を自信無げに繰り出した。 「おまえはオレのリリなんだろ」 言い終わらないうちに、渾身の力でリリに抱きしめられた。 「うん!」 どうやらリリは笑顔のようだ。ぎゅーぎゅーとジョーにしがみ付いて「ふふふ」と嬉しそうにしている。ジョーは心底ほっとして、抱きしめ返しながら 「ラス・ポウナ」 と、つい呟いた。彼女にとって、いまだこの言葉は「ばか」である。リリはむっとして顔を上げた。 「ヒドイ。なんでバカ?」 いい加減に真実を伝えようとジョーが口を開きかけた時、キッチンから煮込み時間終了を知らせるタイマーがジリリリリリと鳴った。 「あ!」 リリはさっさとジョーの腕から出て行ってしまった。キッチンでフライパンの蓋を取ると、もうもうを湯気が立ち上った。美味しそうな匂いも流れてくる。 「上出来かも」 リリが満足そうに言った。 (まあ、いい。時間はたっぷりある) ジョーは焦らなかった。 甘口のワインで乾杯し、リリの作ったシーフードのたっぷり入ったトマトベースのリゾットを食べた。ジョーは先程の続きで、メッカ達が勘付いている不思議を話した。話しながら、ヒイナにも意味ありげな事を言われたのを思い出したりしながら、そう言えばミネルバにも早い段階から見破られていたように思った。(後にジョーはヒイナとミネルバそれぞれに直接訊いたみたが、二人共に「見てたらわかるわよ」と一笑に伏されて終わった) リリも、ミネルバには見破られていたと話した。応援してくれていたので、きっと喜んでくれるだろう。明後日、リリは病院でミネルバに、ジョーはパーズンでメンバーに報告する事に決めた。 ジョーがバスルームから戻ると、リリはソファの上で丸くなっていた。眠っている。ジョーは彼女の前にしゃがんでその寝顔を思う存分見つめた。以前と同じシチュエーションだ。あの時と違うのは、もう恋人同士だということ。だから寝ている彼女にキスしたって許される。ジョーはそっと口づけた。 大昔からの童話では、眠っているお姫様はたいてい王子のキスで目覚めるものだが、ジョーのプリンセスにその気配はない。 ――深夜に一人で寮へ帰ったコイツは、良く眠れないままに朝になったのかもしれない。寝不足で今日を過ごして、飲みなれないワインだ。寝ちまっても仕方ない。 晴れて恋人となって初めての夜だったが、一緒に居るだけでこの上なく幸せなジョーは、先に寝られてしまっても落胆することなく、リリを抱き上げ寝室へ運んだ。 冷たいベッドに一緒に入ってリリを抱き込んだ。 「あったけ…」 思わず漏れる。 (オレが温かいってことは、リリは冷たいと感じてるのか?) それは可愛そうだ。しかし起こしてしまいそうでさする事も出来ない。 どうか熟睡を邪魔しませんように…と願ったが、あっけなく彼女は目を覚ました。 すでにベッドの中にいることがわかると彼女は慌てた。 「ごめんなさい、今何時? ライブは?」 パジャマでゴロゴロしながら深夜配信の音楽番組を観ようと言っていたのだ。 「あー、ライブは始まったばっかだろうけど……、オレもうベッドから出る根性ない。さみーもん」 「え、でも、観たかったんでしょ?」 「夜更かしするにはちょうどいいなってだけ。あ、でもおまえ観たかった?」 「私は……ジョーと夜更かししたかっただけ…」 「眠いんだろ?」 「眠くない」 「寝ちゃってたくせに」 「だからもう今は眠くないの」 「はいはい」 「……ジョー、眠くなっちゃったの?」 「そうじゃねーけど、ここでおまえとぬくぬくしてる方がいい、おまえあったけーもん。だからおまえは何も気にしないで寝ろ。おやすみ」 ジョーは密かに(寝不足のリリに手を出すなんて有り得ないからな)と自分に言い聞かせながら、リリの鼻の頭にキスをした。 「……うん、おやすみなさい」 ジョーの優しさが嬉しかったので、リリはおとなしくジョーの腕の中で目を閉じた。 腕に感じる彼女の重み、鼻先をくすぐる彼女の前髪、抱え込む手に伝わる彼女の呼吸、そして向かい合っている面がじんわりと温められる――彼女の体温で。全てがのぼせるほど幸福だ。ジョーも目を閉じた。 ところが。視覚を封じると、どうしても触感が冴えてくる。枕にしている腕に添えられているリリの指先が静かに動き、リリの膝がジョーの腿に触れた。 これは結構な我慢大会になりそうだ……! そう思ったそばから(いや、そもそも我慢なんてする必要はあるのか? もう友達じゃないんだぜ?)と甘やかす自分がいる。 ―――本音はもちろん決まっている。 でも! 何度も言うが、寝不足なんだコイツは。「やっぱりやりたいだけのスケベバカだったのね」などと嫌われたくはないから、待つ! 今更一晩(いやもしかしたら数日?) とにかくオレは待つ。拷問にも等しいが耐えてみせる。それがオレの愛の証明だ! 唯一の問題は寝ぼけて襲わないかどうかだ。 何しろ正真正銘オレはリリに惚れてるんだから、襲っちまっても当然なんだ。 (そうだよな、メッカ師匠…。でもそんなのは嫌なんだよ…) 弱気な溜息を付いた時、リリがもそっと顔を上げた。眠っていると思っていたのでジョーは驚いた。 「…どうした?」 しかしリリは何も言わない。顔もまた俯いてしまった。でも起きている。 「寒い?…」 「…ううん、なんか、ね…」 消え入りそうな声でリリが言った。 「なに…?」 「恥ずかしい…」 「……え…?」 「今更、変だよね……」 リリは深呼吸を一つして、どうしちゃったのかなと呟いた。 どうしちゃったもこうしちゃったも、それは意識してるからじゃないのか、とジョーは心の中で突っ込んだ。 今迄は友人だったし、何よりジョーがここへ連れて来た最初に「絶対に間違いはない、ありえない」と言い切っていたので、彼女はそれを信じていたのだろう。だから平気で一つのベッドで眠れていたのだ。 だが今は恋人である。間違いではなく当然の事としてそれはあるのだ。そしてその事を、リリも承知しているという事じゃないのか……?! 希望と欲望の入り混じったものが、むくむくとジョーの胸に湧き出した。 「ドキドキしちゃって…」 彼女の言葉に煽られてますます膨らむ甘い感覚に、生き残っている自制心が立ち向かう。 「……それは…、嫌な感じのヤツ? なら、オレ、ソファに――」 「だめ!」 がばっとリリは顔をあげてジョーを見下ろした。彼女の枕代わりだった左腕がふわっと浮きかける。 「違うから、一緒にいて…」 闇の中で僅かに潤んでみえるリリの瞳に見つめられ、ついにジョーの自制心は霧散した。 左腕を伸ばして、彼女の頭を自分の顔へ下ろして口づけた。 「そんな風に言われたら………」 ため息交じりにリリの唇を味わうと“可愛い、愛しい”そんな感情で胸が張り裂けそうになった。 痺れそうな頭でこの先へ進める方法を模索したが、今までの数々のシチュエーションは何一つ当てはまらず、どのセリフも空々しく思える。拒絶されないで済む切り出し方が全く分らず途方に暮れかけた時“素直が一番”と、メッカの声が聞こえた。その言葉は蔓延していた打算的な思考を頭から追い出してくれた。 そうだ、彼女が大事だ。彼女を傷つけない事が一番の望みだ。 「本当にもう眠くない?」 「……眠くない…」 リリの返事はほとんど声にならなかった。 ジョーはもう一度彼女の顔を引き寄せて口づけると、上半身を起こして今度は自分が彼女を見下ろした。 天窓からの星明りを映し込んだリリの瞳がジョーを見つめ返す。こうして体制が変わっても拒絶の色は見えない。 ジョーは吸い寄せられるように彼女の唇へ降りた。長い長いキス。 「ラス・ポウナ」 唇がわずかに離れた隙間からジョーは呟いた。 「……どうせバカよ」 「違う、ラス・ポウナは…“愛してる”だ。“バカ”じゃない」 やっと、やっとジョーは真実を打ち明けられた。 「え、……、だって………、ジョーが教えてくれたんじゃない」 「うっかり口から出て誤魔化した」 「…うっかり……?」 リリは初めてその言葉を聞いた場面を思い浮かべた。まだここに居候していた頃、ジョーに連れて行ってもらったあの教会の礼拝堂だ。初めてジョーの口から両親の話を聞かされ、思わず神様にジョーの幸せを祈った、あの時だ。 「あん時は…まだ自覚なくて…だから慌てて誤魔化した」 リリは混乱した。ジョーにラス・ポウナと言われたシーンがいくつか浮かんだ。 「今まで…何回も言ったよね…、」 「言った」 「………どっちの意味で……」 「どっちもこっちもないだろ、ラス・ポウナの意味は一つだ」 浮かんでいるシーンの全てを「愛している」に変換してみる。あの時も、あの時も、ジョーが言っていたのは「愛してる」? 「うそ…そんな……全然…」 俄かには信じがたい。そして彼より自分こそが多用していた事に気付いた。 「私……たくさん言っちゃってたよね」 「街中で言われた時はすげー焦った」 「だって、」 猛攻撃を封じるかのように、ジョーは彼女の唇を塞いだ。 夜は始まったばかりだし、朝が来ても仕事は休みだ。 「ラス・ポウナ」 ジョーは心ゆくまで囁いた。 |
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