<<TOP    <<BACK    NEXT>>
第33話  夢で逢えたら
 診察室隣のスタッフ休憩室のテーブルに、花を挿した花瓶を置くリリに、にこにこしながらミネルバは声を掛けた。
「可愛らしいわねぇ、真中が黄色いのね。どうしたの?」
ジョーと話した通りの展開になってリリはドキリとした。
 二人でプライベートに出かけた事を、ミネルバに知られることは構わないとジョーは言っていたが、でもミネルバは? 彼女はどう思うだろう。
「一昨日…パスカード村の方へ出かけて、野生で咲いていたのをちょっと…」
「ああ、土曜日は小春日和で、ツーリングには持って来いだったわよねぇ」
「え…」
ずばり「ツーリング」と言われてリリは驚いた。どうして? どうしてバイクだと分るんだろう? どこかで会ってたのかも? プチパニックになりかけていると訊かれた。
「なんて花?」
「えと、……コスモス…に、似てるけど、コスモスじゃないんです、……何とかコスモス…」
「ふふふ、じゃ、もう一度訊いといてね、ジョーに」
「はい、すみません」
と、返事をしてから、あっと気づく。ジョー? 思わずミネルバを見る。するとミネルバはにこにこと笑いながら「ん?」と返して来たので、
「いえ…」
とリリは下がった。
(ジョーと出かけたと決めつけてる…事実だけど。……笑ってるから大丈夫、なのかな)
思わずリリも頬が緩んだ。なんだか嬉しい。ジョーと仕事でもなく、仲間内の集まりでもなく会ったり繋がっていてもヘンに思われないって、嬉しい。
 
 リリは笑みが零れそうになる口元をきゅっと引き締めながら、細い一輪挿しの花瓶に一本だけ花を挿して、受付カウンターの端に置いた。
 

 昨日の朝を思い出す。目が覚めると、ジョーが隣にいた。長い睫を伏せて眠っていた。腕枕こそ借りていなかったが、仲良く向き合っている。目の前にジョーの顔がある。さすがに近過ぎて恥ずかしい。リリは間を開けるようにそっと後ろへ下がった。このままベッドから抜け出して起きようか、でも今は何時だろうかと考えていると、にゅっとジョーの腕が伸びて来て、抱き込むように引き寄せられた。
「寒ぃ…」
せっかく作った間はあっけなく無くなってしまった。それどころかさっきより近い位置にいる。おまけに、ジョーの左腕が肩に乗っている。
 ジョーの穏やかな寝息。ジョーの匂い。ジョーの温かさ。ジョーの口元がちょうど目の高さだ。

 あの夜、この唇が重なっていたなんて。
がっしりと抱え込まれて、覆いかぶされるように塞がれていた。

 思い出すと脈が痛いほど駆け足になって苦しくなる。それと同時に虚無感に襲われる。ジョーにとっては何でもないコトだったのだという事が。

 リリはするりとベッドから抜け出し、ジョーが寒くないように隙間を埋めると、そっと寝室を出た。
 そして、家政婦リリとして一日を過ごし、夕食まで一緒に過ごすと、荷物に花があったので車で送ってもらって帰宅したのだった。
 

 「おはよう、リリさん」
はっと我に返り振り向くと、トニエントが立っていた。
「おはようございます、トニエント先生」
「わあ、綺麗だな。でも、かわいそうに。リリさんの隣じゃ霞んじゃうね」
そう言いながらウインクする。ぽかんとしているリリに、
「エオバルト先生、いる?」
と中を覗く彼の背後には興奮を押し殺しながら立っている女性がいた。 
「ちょっとお待ちください」
ミネルバへ取り次ぐために奥へ向かい始めたリリを抜いて、トニエントはずかずかと入って来た。
「おはようございまーす、エオバルト先生ー」
困惑しているリリの横を、女性も足早に通る。
「あらトニエント先生、おはようございます?」
「えっとね、この方、僕の患者さんで、ホリー・コーレスさん」
トニエントの後ろで、突然女性は叫んだ。
「違います! 私はモニカ・キネリです! ホリーって名前は、フェド・コーレスって男が勝手に付けた名前なんです! 私が記憶喪失だった間に!」
 リリは全身が耳になった。大きく目を見開いて、目の前で訴える女性患者を見た。
「とにかくお話を聞きましょう、モニカさん。いいんですよね、トニエント先生?」
患者に寄り添いながらミネルバはトニエントに言った。トニエントは溜息を付きながら、
「僕のところだと、ご主人が来るから嫌なんだって」
「主人なんかじゃありませんん! 先生、先生も女性だから分ってくださいますよね? 目が覚めたら、突然知らない男が「俺はおまえの夫だ」って! 知らないどころか絶対に好きにならないタイプの人で、信じられないんです、本当に彼と結婚していたなんて、きっと騙されていたんです私! あの男は、記憶がない私に付け込んだ卑怯者なんです!」
そう言って、女性患者はミネルバの胸に泣き崩れた。

 リリは……ただ、呆然とその姿を見つめて立ち尽くしていた。ミネルバは内心まずいと慌てたが、冷静を装って微笑みながら言った。
「リリ、受付に戻ってて。ありがとう」
「……はい……」
小さくうなずくと、リリは受付へ戻ろうと歩き出した。背後で女性患者がミネルバに訴え続ける。
「先生、助けて! 私はモニカなんです、あの男と暮らすなんてできません! 好きでも何でもないのに!」
受付のカウンターへ手を付いて一輪挿しの花を見つめる。隣に立ったトニエントがポンと肩に手を置いて話しかけて来た。
「朝から騒がせてごめんね。彼女さ、三年ぐらいずっと記憶喪失でさ、その間、親身になって面倒見てくれてたコーレスさんと、ついこの間、結婚したばかりなんだよ。あーあ、なんで今更、記憶戻っちゃったかなぁ。戻らないままの方が幸せだったのにねぇ。あ、医者がこんなこと言っちゃいけないね。内緒だよ?」
またウインク。すると、廊下を叫びながら男が走って来た。
「トニエント先生ー!」
振り向いたトニエントは首をすくめて囁いた。
「悲劇の旦那の登場だ」
男はトニエントの腕を掴んで詰め寄った。
「ホリーは? ホリーはどこです?!」
「ああ、心配いりませんよ、女性の医者を希望されたので、ちょっと余所へ、」
運悪く、奥で嘆いている彼女の声が男の耳に届いてしまった。
「ホリー?!」
「あ、コーレスさん! 待って!」
トニエントが慌てて後を追う。

 会いたくない男の乱入に、女性患者は悲鳴を上げた。
「やめて、来ないで!」
「ホリー、ほらこれ、きみが僕にプレゼントしてくれた物だよ!」
「いや、知らない!」
「じゃあ、これ! これ、私たちと同じに、ペアで揃えようって、きみが言った猫!」
男の突き出した手にあった猫のぬいぐるみを、彼女は払って悲鳴を上げた。
「近寄らないで!」
トニエントがようやく男を背後から羽交い絞めにした。
「落ち着いてください、コーレスさん!」
「モニカさん、こちらへ」
ミネルバも女性患者を抱き庇いながら、男の脇をすり抜けようとする。
もがき叫ぶ男と、泣きわめく女、騒然とした室内で、ウインターコスモスの花瓶が床に落ちて砕けた。床に広がった水に足を滑らせて、男は転んだ。その隙に、ミネルバは女性を抱えて室外へ出て行った。
 男は慌てて追おうとしたが、足を滑らせ立ち上がれずにいるうちに、彼女たちの足音は聞こえなくなってしまった。男は濡れた床の上に座り込んだまま動かなくなった。手元に猫のぬいぐるみが転がっていた。びしょびしょに濡れて踏みつけられて汚れてしまったぬいぐるみを男は拾い上げると、人目もはばからず泣き出した。
「トニエント先生、モニカって女は誰ですか…?! ホリーは…僕のホリーはどこへ行ってしまったんですか……?!」
「コーレスさん。彼女はもともと、モニカ・キネリだったんですよ」
肩で息をしながら、トニエントは答えた。
「私はあなた方に言いましたよね。こういう日が来るかもしれないと。来ないかもしれないが、来るかもしれない。明日かもしれないし、五十年先かもしれない。二人が結婚する事は、とても大きなリスク付きだと。それでもかまわないと結婚されたんですよね」
「先生……もう彼女は……ホリーには…戻らないんでしょうか……」
「それは、神にしか分らない事です」
トニエントは男の腕を取ると立ち上がらせ、リリに悪かったね、と一言かけると、男を連れて自分の部屋へ戻って行った。
 
 ぐちゃぐちゃの室内に一人佇むリリは、女性患者の叫び声が、かつての自分の声と重なって、頭の中でガンガン響いていた。
―――私はアルテミスじゃない!
(そう言い放つ私の目の前で泣いていたのは誰?) 
―――アリー……!
懇願するようなアレンの声がフラッシュバックする。
リリは耐え切れなくなって、手で顔を覆った。自分がどんな事をアレンにしたのか、見せつけられた思いだ。 
アレン、アレン……! 優しかったアレン、愛してくれたアレン……!
でもでもでも……どうしたら良かったんだろう、私はアルテミスじゃない……!

 女性患者の叫びがまた重なる。
「私が記憶喪失の間に、勝手にあの男が付けた名前なんです!」
記憶喪失の間に、新しく付けた名前は、リリだ。自分でつけたのだけれど、記憶の無いアルテミスはどう思うのだろうか。アルテミスに戻って「私はリリじゃない」という日がいつか来る、という事か……! リリとして受け入れてくれた、大切な友人たちをも忘れてしまって……。

 リリは顔から手を下した。割れた花瓶と、床に咲いた様に散らばったウインターコスモスが目に飛び込む。
 ジョーの顔が浮かんだ。

―――今のままのおまえでいいんだよ。

そう言ってくれた。
「ジョー……」
彼の名を呟いたとたんに涙が溢れ、リリは口に拳を当てて嗚咽を堪えた。





 珍しくバイク好きの女の子たちで賑やかなパーズンで、接客中のジョーの携帯が振動した。ちょっとごめんな、と言い、ケンに後を任せてジョーは奥へ引っ込んだ。携帯にはミネルバの文字が浮いている。リリに何かあったのかと、慌てて出る。
「ああ、ジョー、まだ仕事中よね、悪いわね。あのね、今日、帰りにこっちに寄ってくれない?」
「アイツどうかしたの?」
「う…ん、さっき熱出してね、今、点滴受けて横になってるの」
予感的中と思いながら、
「風邪か、悪ぃ、週末、暖かかったからって油断したか」
「いいえ、風邪じゃないわ。それも含めて、あなたに話があるのよ」
「オレに話…?」
「とにかく寄ってね」
「……。今から行くよ」
「気を付けて、」
ミネルバが何か言っていたが、ジョーは電話を切った。





「……来なさいよって言っても、無理ね…」
ミネルバは、リリのいる部屋へ入った。青白い顔をして眠っている。

 朝の一件は、一時間ほどで落ち着いた。元々のミネルバ担当の予約患者をそうそう待たせるわけにもいかず、遅れを取り戻す分、スタッフは仕事に追われた。やっと予約患者をこなした夕方近くに、ミネルバはリリと向かい合えた。
 ミネルバは後悔していた。こんな形で、未来の一つをリリに知らせる事になってしまった事を。

 案の定、リリは言った。
「私も、記憶が戻った時は、今の事を忘れてしまうんですね」
「いいえ、リリ、そうとは限らないのよ。ちゃんと覚えている例を私は見て来たわ」
リリは驚いたように顔を上げた。しかし、すぐに、
「どっちも覚えているなら、それって、誰なんでしょう……。アルテミス? リリ?」
「その両方よ」
「………。コーレスさんの…あの姿は…悲しみようは…私がアレンに与えてしまったのと同じです。私、すごく酷いコトしたって……今頃、分りました……」
「リリ、それは仕方のない事だったでしょう? アレンだって納得して乗り越えたじゃないの」
「それだって、初めに私が甘えなければ、無責任にアルテミスを名乗らなければ、……わざわざ乗り越えなきゃいけないものなんて生まれなかったのに」
負の連鎖に陥っている。ミネルバは慎重に様子を伺った。
「私は、約束とか、しちゃいけない…記憶が戻った時に、そんなの知らないで終わらせてしまう約束なんて、そんな残酷な約束なんてないです……!」
リリは手で顔を覆って泣き出した。ミネルバは彼女の肩をしっかり抱いて、
「リリ、今あなたは、リリという一人の女性として生きているのよ。それは事実でしょう?ここにリリはいるでしょう?」
「でも、明日はいないかもしれないです…!」
「そんなの誰だってそうよ。私だって明日はいないかもしれないわ。今日、病院を出て、すぐに交通事故で死ぬかもしれない。ね、あなただけ特別じゃない。絶対に明日もいるなんて人はいないわ。だけどみんな、明日の約束をして生きてる。明日はいないかもしれないからって、今日のうちから何もかも諦めたりしてない。諦めちゃだめよ、リリ!あなたは生きてる!」
しかしリリは、ミネルバの腕の中で力なく首を振るばかりだった。





 ブラインドも下して人気のなくなったミネルバのスタッフルームで、ジョーは花瓶に生けられているウインターコスモスを見ながらミネルバの話を聞いていた。ミネルバは、今朝からの経緯をざっと話した上で謝った。
「もっと早く、きちんと話して上げるべきだった。メンタル科ですもの、今日みたいなこと、十分起こり得るって、もっと気を付けておくべきだった。本当に悪い事したわ、リリにも、あなたにも」
「いや、ミネルバのせいじゃない……ってか、なんでオレも?」
「リリにはね、あなただけが特別じゃないって言ったけど……、やっぱり必要だと思うの、リリを愛していく人には、覚悟が」
短く溜息を付いて、ミネルバは続けた。
「ある日、突然、中身だけが別人になってしまう……。その瞬間から、自分は彼女にとって知らない人、赤の他人になる……」
ジョーの脈がどくんと跳ね上がった。喋ろうとして、喉が張り付いている事に気付いた。一度咳払いをして、声を出した。
「……、でもそれは、最悪のパターンだろ? 記憶が戻っても、今の事も覚えてるって場合もあるんだよな?」
「ええ、もちろん。彼女にもそれは話したわ。……でも……、今現在、アルテミスの記憶を忘れてしまっている事が彼女の中では決定的に大きくて、リリでの記憶も忘れてしまうんじゃないかと恐れてるの。リリでなくなった時に守れなくなってしまう約束は、しちゃいけないんだって」
そして熱まで出して倒れたのかと思うと、ジョーはどうしようもない気分になった。ウインターコスモスが悲しげに見える。昨夜はこれを嬉しそうに大事に抱えて、オレの車に乗り込んだのに。
「……OK、サンキュー。話はこれだけ?」
「ええ、これでおしまい」
ジョーは立ち上がった。
「アイツ、どこで寝てんの」
「こっちよ」





 少し離れた場所にある救護室に寝ているリリの腕には点滴が繋がれていた。薬のせいなのか眠っている。
「今晩、一晩はここで様子見るから」
「そっか、うん、病院なら安心だもんな」
そう言いながら、ジョーは上着を脱ぐと、壁際にあった椅子を引っ張って来て座った。一晩付き添うつもりなのだと理解したミネルバは訊ねた。
「ジョー、明日仕事は?」
「あるよ?」
「ベッド、用意しましょうか」
「いや、これで充分。我儘で悪ぃな」
「いーえ、全然。ナースコールはコレね。私が出るから遠慮しないで」
そう言うとミネルバは出て行った。

 静かになった部屋で、熱の下がりきらないリリの息遣いが、ふうふうと聞こえた。点滴が繋がれていない方の右手をそっと取ってみる。
(……熱っちぃ手……小っちぇ手……)
バイクの後ろに乗せればオレの腹に巻き付く手。コーヒーを淹れてくれる手。
―――ある日、突然、中身だけが別人になってしまう……。その瞬間から、自分は彼女にとって知らない人、赤の他人になる。
「きっつ………」
ジョーは彼女の手を握りしめたまま、額に押し当てた。





 ブラインドを調節して月明かりを見ながら、ミネルバは祈った。
 
 腕の中で項垂れているリリに、ジョーの事も諦めてしまうのかと訊ねた時、初めて彼女が反応したのだ。
「好きなんでしょう、ジョーのこと」
驚いたような顔をしてミネルバをじっと見つめていたリリだったが、言葉を発する前にボロボロと泣き出した。
「気付いていなかったの…? リリったら……」
その切なさに、ミネルバもつられて泣きそうになった。
「違う……、好きなんかじゃないです、私…、だめです…」
「リリ、好きって気持ちを押しつぶしたりしないで。そんな必要ないのよ!」
「だめです」
だめですと何度も呟いて、やがて膝から力が抜けたリリは、意識を失ったのだった。

 「神様、あなたにお願いするのは久しぶりです。だからどうか、この願いは叶えてください。あの二人に未来を……、幸せが溢れる飛来を…!」
ミネルバは目を閉じた。





 ミネルバが願いを掛けている月の光が、救護室にも射し込んで、リリの寝顔をうっすらと照らしていた。
「…ジョー…」
彼女に呼ばれて、ジョーは顔を覗き込んだ。
「…目、覚めたか…?」
しかし、彼女は答えず、ふうふうと息をして、ようやく
「はい、……ケチャップ…」
と言った。
「……え?」
「私のにも……リリの花……描いて……」
(寝言だ…)
お絵描きオムライスの夢を見ているに違いない。と思った瞬間、ジョーは気付いた。
リリの夢の中に、今、自分はいるのだ。という事に。

―――オムライスにケチャップで絵を描くオレと、それを見ているおまえ。

奥歯を噛みしめたが、涙は止められなかった。
永遠に失うかもしれないと思ったリリが、今、目の前で自分の夢を見ている。
それだけで嬉しい、これほど幸せになれるなんて……。
もう誤魔化すのもバカバカしい。こんなにはっきり自覚してしまった。リリが好きだ、と。

―――覚悟なんて百回でも千回でもしてやる。

握りしめた彼女の手にジョーは噛みしめた唇を押し当てて声を殺して誓った。





 まだ薄暗い明け方の部屋の中で、検温を終えたミネルバはほっとした声で言った。
「大丈夫。熱も下がってるし、血液検査でも異常なかったから、お昼頃には帰せるわ」
「そっか」
「良かったわね」
「うん。じゃ、オレ、行くわ」
「少し仮眠して行ったら? 一睡もしてないでしょ」
「それはミネルバも同じだろ。オレの我儘につき合わせちまって悪かったな」
立ち上がりながらジョーが済まなそうに言った。
「ふふん、私が私の意志でリリに付き添ったのよ。あなたにじゃないの」
「そっか」
ミネルバの軽い口調に、ジョーも笑った。そして、
「あのさ、今回の事、オレは知らないって事にしてよ」
「いいけど…」
「でさ、アイツが変なコト始めたり言い出したりしたら、すぐに教えてな」
ジョーの心中を思うと、ミネルバは切なくなったが、あえて明るく応えた。
「わかったわ」
「頼み事ばっかで悪いな」
「いーえー、こちらこそ、リリの事、頼みっ放しですし」
「別に頼まれてるつもりなんかねーよ」
言いながら二人は廊下へ出た。
「オレ、覚悟してっからさ」
笑顔の中に、静かな強さを秘めてジョーが言った。
「ジョー…!」
「じゃあな」
ジョーは歩き出した。その背中に向かって、ミネルバも小声で叫んだ。
「私だってしてるわよ、覚悟!」
ジョーは振り向いて、同じく小声で
「知ってるよ」
と笑った。そのまま後ろ向きに歩きながらミネルバへ向かって、目の下に指を当てて「クマがすごい」とジェスチャーをし、
「歳?」
と悪びれた。ミネルバも思わず噴き出して言い返した。
「うるさいっつーの!」
ジョーはしーっとしながら特大の笑顔を見せると、手を振りながら角を曲がって消えた。
 ミネルバは拳を握りしめて固く決意した。
(きっちり付き合うわよ、あなたたちに……!)



第33話  夢で逢えたら   END

 <<TOP    <<BACK    NEXT>>


web拍手 by FC2 ぺた
inserted by FC2 system